若狭路の物流と関所

【古墳・飛鳥・奈良・平安・鎌倉】


京都と若狭を結ぶ複数の街道は、一般に若狭路(若狭街道)とよばれている。 平城京出土の荷札木簡や平安時代初期の『延喜式』という書物によると、若狭から塩のほかに種々の海産物がこの街道を通って奈良や京の都へ送られていたことが分かる。

毎年3月に行われる若狭神宮寺のお水送りと奈良東大寺のお水取りの行事や、平安時代に京都にあった神泉苑という大池に塩水魚の稚魚が泳いでいたと いう昔話は、いずれも若狭と地下でつながっていたという伝承に基づいているが、これなどは古代から若狭路の果たしてきた役割を暗示しているといえる。

中世に朽木荘を通る幹線道路としての「朽木街道」と「針畑越」も、若狭路とよばれていたが、史料によっては「朽木街道」が「若狭口・朽木口・大原口・八瀬口」路と記されたり、「針畑越」が「鞍馬街道」や「若狭口・鞍馬口」路と記されたりしている。

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室町時代の諸国の街道には関所が乱立し、これらの両街道にも14世紀半ばから2世紀の間に多くの関所が設けられていたことが記録に残っている。 しかし、このころの関所は天皇家をはじめ、中央の貴族や社寺が通行料金を徴収する目的で設置したもので、管理は当地の代官に任されていた。 「朽木街道」には、時代によって所在の異同はあるものの、京都側の高野・大原に、近江に入ると伊香立・途中・花折峠・坂下・保坂・大杉などに、「針畑越」 には鞍馬口・深泥池・久多などに関所が設けられていた。 朽木氏はこれらの関所の管理を任されることが多く、大きな収入源となっていた。

当時の文書類からは、人や物の流通や文化の交流などが見えてくる。 室町時代前期の朽木口の関所を通過した品物として、海藻・魚・檜物木(ひものぎ)・足駄(あしだ)・鉄(くろがね)・銅(あかがね)・苧(お)・紫草・ 布・紙・合器・たかに・鍛冶炭・石砥・しいし・楮(こうぞ)・紺灰(こうのはい)・栗・柿・鳥・鹿皮・みに・檜曾柱(2x3寸角の角材)・すすわらひ(煤 蕨力)・竹などが記録されており、中でも若狭方面からの魚介類は、京都にあった魚問屋町「三店」に運ばれ、御所をはじめ市中の消費者に供給されていた。

文化面で、京都から朽木経由で若狭に伝わったものとしては、六斎念仏(ろくさいねんぶつ)・王の舞・棒振り・万燈(マンド)・松上げ・大将軍信仰 などがあり、今も朽木地域にその名残を留めている。 また、日本で最初に象が通ったという記録も残っていて、応永15年(1408)、スマトラ国王の亜烈進(あらじん)が、足利4代将軍義持に交易を求めて黒 象を贈ったとあるが、このとき象は、小浜港から若狭路を京都へ運ばれたと思われる。

若狭路は、このように長い年月にわたって、朽木地域の人々の生活にさまざまな影響
を及ぼしながら利用されてきた。 なお、これらの街道が「鯖の道」として京都の人々に意識されるようになるのは、18世紀以後のことといわれている。

出典:朽木村史・通史編(平成22年 高島市発行)

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