【高島市歴史散歩】古代の装身具ー発掘された宝石たちー

 
 

人はいろいろな素材を用いてアクセサリーを作り、身を装ってさまざまな思いを表現しています。いつの頃から、どうして身を飾り、何を主張しようとしたのでしょうか。

身近な色を飾り安らぎを得る

高島市内で出土した最古の玉は、今津町の北仰西海道(きとげにしかいどう)遺跡から出土した縄文時代晩期(約3千年前)の緑色のヒスイの丸玉(まるだま)で、当時としては絶対的な硬さとそれを加工する技術、産地がごく一部に限られるという希少性に価値があったと考えられます。

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弥生時代以降になると碧玉(へきぎょく)や緑色凝灰岩(りょくしょくぎょうかいがん)製の細長い円筒形(えんとうけい)の「管玉(くだたま)」や、青色のガラス製の小玉(こだま)が作られるようになります。いずれも緑や青を基調とし、緑は自然の象徴であり、生命力や安心・恒常を連想させ、安らぎ・癒しの色であることは現代を生きる私たちにも共通した感覚といえます。青は空・海・水に代表され、緑と並んでとても身近な色で、物質的には希少性が高く、色も非現実的で神秘的と言えます。管玉は、佐渡や北陸・山陰など日本海側が石材(せきざい)産地ですが、弥生時代中期には市内の拠点的集落である先述の北仰西海道遺跡や新旭町熊野本遺跡、安曇川町南市東(みなみいちひがし)遺跡から原石の破片や玉砥石(たまといし)等の玉造り関連遺物が出土していることから、原石を移入して、市内でも管玉の製作が行われていたことが分かっています。ガラス玉は、熊野本弥生墳丘(ふんきゅう)墓(ぼ)の木棺内から741個の青色のガラス小玉が出土しているのをはじめ、市内の古墳などから数点から数十点単位で発見されることがよくあります。

復活と再生を願う勾玉(まがたま)

古墳時代になると社会の仕組みが大きく変化し、それに伴い玉の材質と色にも変化が起きます。緑のヒスイ・碧玉に、赤のメノウ、白・透明の水晶の素材が加わります。赤は血や太陽の色で、復活・再生を意味し、縄文時代以降、漆製品や赤色顔料にも多用されていました。緑青を基調としていた連珠(れんじゅ)のなかに赤い玉が加わることは、癒し沈静の装身具である玉が首長の霊魂を復活・再生させる意味も持っていたと考えられます。

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勾玉は三種の神器(じんぎ)の1つに数えられるように王権の象徴とされるもので、市内の古墳ではメノウ製勾玉がマキノ町斉頼塚(しょうらいづか)古墳から1点、ヒスイ製勾玉は今津町妙見山(みょうけんやま)古墳40号墳から3点、安曇川町上御殿(かみごてん)遺跡の木棺墓(もっかんぼ)から1点がガラス玉などと共に発見されているだけです。
「玉(たま)」は「魂(たましい)」に通じる言葉で、古代においては呪術的な意味のシンボルとして広く普及していったと考えられています。

出典:広報たかしま 平成27年9月号

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