【高島市歴史散歩】 湖底遺跡からみる自然の猛威

平成25年9月の台風18号による影響は、 私たちの生活に大きな被害を与え、その爪痕(つめあと)は今もなお各所に残っています。このような、自然の影響による痕跡(こんせき)を古代の遺跡から読 み解くことができます。特に、琵琶湖の湖底に存在する遺跡は、自然の猛威による影響を色濃く残しています。

高島市萩の浜の沖合には「三ツ矢千軒遺跡(みつやせんげんいせき)」と呼ばれる湖底遺跡が存在しますが、昭和2年刊行の『高島郡誌』には次のような記述がみられます。

「鯰川(なまずがわ)は元は大三ツ矢村(おおみつやむら)と称す。古(ふるく)、大三ツ 矢、小三ツ矢(こみつや)とて湖辺に二村あり。大三ツ矢は船持問屋(ふなもちといや)もありて、永田村より寅卯(とらう) にありて葮島(よしじま)より百間許(ひゃっけんばかり)も沖に在りしなり。其村址(そのむらあと)は水底に石垣一町斗(いっちょうと)もあり、石橋もあ り、旱水(かんすい)の時は五尺許(ごしゃくばかり)の水底なり。某年今の地に移りて鯰川と称す。小三ツ矢は青柳村大字下小川の三ツ矢なり。」

とあることから、その昔、大三ツ矢村なる村が湖辺の一部陸化した葮島より180mほど沖合にあり、湖底には石垣、石橋もあるが、冠水時には150cmほど水が漬(つ)くことから、ある年に鯰川に移ったことがわかります。

近年、滋賀県立大学林研究室による水中考古学の調査が実施され、今の湖岸から50mの沖合に、長さ約80m、幅6から11mの石塁(せきるい/石 を積み上げて造った防波堤)が確認され、石塁は15世紀後半から16世紀頃に作られた石仏や五輪塔(ごりんとう)の石材が使われていると判明しました。ま た、石塁から南東へ約160mの地点では、垂直に立つ角柱や木杭、立木根(りゅうぼくこん)、石列が確認されると共に、湖底から湖岸にかけて古代?近世の 土器片が多く発見されました。遺構や遺物の年代にばらつきがありますが、これらの痕跡は大三ツ矢村に伴うものと指摘されています。

一方、新旭町針江の湖辺には、「針江浜遺跡(はりえはまいせき)」と呼ばれる湖底遺跡があります。現在の湖岸から約100mの沖合に形成された浜 堤上(ひんていじょう)に営まれた弥生時代の集落跡ですが、発掘調査により、琵琶湖の水位が上昇した痕跡や、大地震による亀裂と液状化現象の「噴砂跡(ふ んさこん)」が見つかっています。

HarieHamaIseki.jpg
針江浜遺跡

 稲作を始めて以来、水位の上昇や大地震といった自然の猛威に直面しながらも農耕地として利用され続けたことが明らかになっています。

これら二つの遺跡が、なぜ琵琶湖の底に眠ることとなったのか、その原因は明らかではありませんが、琵琶湖の水位変化や地震による液状化などが影響していたようです。

今も昔も、自然の猛威は私たちの生活に大きな影響を与えていたことを湖底遺跡は語ります。

▼ 針江浜遺跡 ▼

 

出典:広報たかしま 平成26年7月号

高島市の観光・イベント情報

ピックアップイベント

 

今月の見どころ


観光のお問い合わせは

 

高島市全般

 

(公社)びわ湖高島観光協会

 

TEL:0740-33-7101

 

 

マキノエリア

 

マキノツーリズムオフィス

 

TEL:0740-28-8002

 

チャレンジする高島人



滋賀県の虹予報


高島市のニュース・行政情報


Yahoo! ニュース

 

高島市役所・防災無線放送

サイト運営者情報

認定NPO法人
eネットびわ湖高島

 

〒520-1121

滋賀県高島市勝野 3003

tel: 050-3635-9231

fax: 050-3730-4827

(050 はIP電話・Faxです)

 

クリックで応援 お願いします


『NPO法人 eネットびわ湖高島』に、いいね!やシェアだけで支援金を届けられます。? NPO/NGOを誰でも簡単に無料で支援できる!gooddo(グッドゥ) ?

寄付支援のお願い

PAGE TOP