【高島市歴史散歩】奈良の都(みやこ)へ続く『小川津』

今から約1300年前の奈良に都があった時 代、高島市域では、宮殿や寺院などの造営・維持をするための材木を調達する杣山(そまやま)が数多く開発されました。東大寺正倉院(とうだいじしょうそう いん)に伝わる正倉院(しょうそういん)文書には、東大寺の造営を担当する役所である造東大寺司(ぞうとうだいじし)が、材木を伐採するために、全国の杣 山に山作所(さんさくしょ)を設けていたという記録があり、滋賀県内では、その場所として甲賀(こうか)(甲賀市(こうかし))・田上(たなかみ)(大津 市)そして高島の地名があがっています。

さらに、正倉院文書の中に残る天平宝子(てんぴょうほうじ)6年(762年)の材木の運搬に関する記録には、高島の山から切り出された材木が「小 川津」という地から、宇治(京都府宇治市)を経て、泉津(いずみのつ)(京都府木津市)に運ばれていったことが書かれています。

walk102-01.jpg

滋賀県内の山作所は、比較的大きな川の上流にあたる山地に設定されていることが多いことから、恐らく、山で伐採された材木は筏(いかだ)に組ま れ、川の流れを使って津と呼ばれる港に集められ、さらに湖上水運を使って、材木を大量に必要とする奈良の都などに送られていったと考えられます。高島の 「小川津」も、そうした場合の材木の集積地であり、同時に都へ通じる重要な玄関口の一つであったと思われます。ただ、正倉院文書に登場する「小川津」が、 市内のどの辺りにあったのかは分かっていません。その地名から、現在の安曇川町上小川(おがわ)・下小川(おがわ)付近、または朽木小川(こがわ)付近で はないかと推定されています。

安曇川町上小川・下小川というと、湖に接した集落ではなく、港があった場所とは考えにくいですが、かつては上小川・下小川周辺にまで内湖が広がっ ていたこと、また鴨川上流の山地で切り出された材木は、その下流に位置する上小川・下小川付近に集積されたとも考えられることから、「小川津」推定地の一 つになっています。

また、朽木小川は、安曇川に続く針畑川沿いに位置する集落で、この地も、上流の山地で切り出した材木を集積する港の適地であると考えられます。さ らに、朽木小川は、日本海と奈良の都を結ぶ街道の最短ルート上にある地で、早くから大陸からの物資や渡来人が行き交うこともあった場所と考えられます。

こうしたことから、「小川津」という奈良の都へ続く港が朽木小川にあったという説も否定することはできません。

出典: 高島市発行「広報たかしま」平成25年6月号


朽木小川の鬼子渕神社

 

雪情報

滋賀国道事務所管内道路 ライブ画像

 

R161雪情報(詳細状況)

 

雪と暮らし(冬道ドライブの心得)

高島市の観光・イベント情報

ピックアップイベント

 

今月の見どころ


観光のお問い合わせは

 

高島市全般

 

(公社)びわ湖高島観光協会

 

TEL:0740-33-7101

 

 

マキノエリア

 

マキノツーリズムオフィス

 

TEL:0740-28-8002

 

チャレンジする高島人



滋賀県の虹予報


高島市のニュース・行政情報


Yahoo! ニュース

 

高島市役所・防災無線放送

サイト運営者情報

認定NPO法人
eネットびわ湖高島

 

〒520-1121

滋賀県高島市勝野 3003

tel: 050-3635-9231

fax: 050-3730-4827

(050 はIP電話・Faxです)

 

クリックで応援 お願いします


『NPO法人 eネットびわ湖高島』に、いいね!やシェアだけで支援金を届けられます。? NPO/NGOを誰でも簡単に無料で支援できる!gooddo(グッドゥ) ?

寄付支援のお願い

PAGE TOP