【高島市歴史散歩】百瀬川隧道(ももせがわずいどう)の成立

 
 

県道小荒路牧野沢線が百瀬川をくぐる百瀬川隧(ずい)道(どう)は、大正14年(1925)7月16日に約10か月の歳月をかけて建設されたトンネルです。

百瀬川は、福井県美浜町との県境付近に源を発し、川原谷(かわらたに)と呼ばれる急峻(きゅうしゅん)な谷を抜けて、沢・新保(しんぼ)地先を経 て琵琶湖に注ぐ川で、大規模な谷の侵食で流れ出た土砂は、平地部に入って、大沼から沢地先に広がる広大な扇状地を形成しています。 この川は、かつては黒 川(くろかわ)とも呼ばれていましたが、いくつにも分流して多くの瀬を成しているという川の特徴から、百瀬川と名づけられたと言われています。そうしたい くつもの瀬を経て流れ出る水は、たびたび増水し、氾濫を繰り返すことでも知られていて、地元の人からは「暴れん坊黒川」とも呼ばれました。

近代になっても、百瀬川はたびたび増水や堤防決壊を繰り返し、周辺道路は交通上の難所と言われ続けていました。川を渡る橋としては、明治

35年(1902)に長さ6間(けん)(約11メートル)、幅1.3間(約2.3メートル)の木造の橋が架設されましたが、川の堤防が高いために、橋を渡るためには急な坂道の上り下りをする必要があり、荷車などの通行は大変困難でした。

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そこで、地元住民を中心に、川の下をくぐる隧道の建設を熱望する声があがるようになり、当時の県の関係者の理解もあって、トンネル化の計画が具体化し、大正13年10月8日に、百瀬川隧道建設の起工式が行われました。 わが国では明治維新以降、飛躍的な土木技術の発展とそれに伴う近代交通網の整備が続き、滋賀県内では、天井川の下をくぐる切石造りの隧道として、明治17年の大沙川隧道(おおすながわずいどう)、19年の由良谷川隧道(ゆらたにがわずいどう)(ともに湖南市)などの建設が知られています。

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隧道は、明治時代頃は切石積みやレンガ造りのものが主流でしたが、大正時代頃からは鉄道用隧道の影響を受けた鉄筋コンクリート造りのものが多く築 かれるようになりました。その工事には高額な費用と高い技術を必要としましたが、それまでの石積みのものより堅固で、現在にも残るような保存性の高いもの が数多く造られるようになりました。 完成した百瀬川隧道は、鉄筋コンクリート造り、延長36.4メートル、幅5.5メートルの標準馬蹄形トンネルで、その建設は、当時の高島市内では 大きな注目を集めた画期的な土木工事でした。竣工時には、多くの地元住民らも参加をして、盛大な祝賀会が開かれた様子が写真等に残っています。

なお、昭和48年(1973)には、歩行者が安全に通れるように隧道脇に歩行者専用のトンネルが造られました。

出典: 高島市発行「広報たかしま」平成25年3月号

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