【高島市歴史散歩】今に残る安曇川扇状地(せんじょうち)の条里制(じょうりせい)

 
 

琵琶湖の西岸は、比良山系が急斜面で湖に迫りますが、明神崎(みょうじんざき)を越えると湖西地域最大の平野である安曇川・鴨川扇状地が広がりま す。この地域では、農業が営まれ集落が形成され、豊かな恵みにより早くから人々が住み、数多くの文化財が今日に残されています。

この豊かな実りをもたらす農村の景観は、古代からの条里制による土地区画による地割が大きく影響していると考えられています。

条里制は、奈良時代から室町時代にかけて行われた土地区画制度のことをいいます。ある程度の広い範囲を、約109m間隔で直角に交わる平行線によ り、正方形に土地を区分するもので、現在でも、この条里制のなごりとして、用水路や水田の形状、地割や地名などが日本各地で確認できます。

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滋賀県は、比叡山延暦寺の本拠地であり、京都に近く、北陸、東海地方と畿内(きない)との接点に当たる地域であることから、条里制による土地区画が数多く実施されてきました。

昭和2年刊行の『高島郡誌』では、「饗庭村の南において、大字や小字の区画は東西と南北とに正方形に近い形となり、また道路は大抵南北の直線とな る点や、饗庭村と新儀村の境界、水尾(みお)村、大溝町の境界等が、南北の道路と直角となるなどの点は、条里制の痕跡と認められるとし、これらの線に基づ き条里を地図上に復元すると、正南北にならず東に約13度傾斜して区画されていた。」と記述され、図のような土地区画が復元されています。

昭和40年代の区画整備やほ場整備工事前の地図や写真を見てみますと、旧国道161号の一部の方向や、水田の畦や水路、農道が配される様子でも、 地割(ちわり)の方向が東に13 ?14度ほど傾いている様子が確認できます。また、現在でも「三ノ坪(さんのつぼ)」や「五ノ坪(ごのつぼ)」といった条里の呼称が残ることからも、条里 による土地区割が実施されていたことがわかります。

現在の土地形状や境界の基礎となった条里の施工時期は、どの時代までさかのぼるかは明らかになっていませんが、奈良時代に整備されたとされる北陸 道(西近江路)と、条里の施工とは互いに影響していたものと考えられています。近年では、開発や都市化などにより地割や区画が急速に改変、消滅しつつある 中で、かつての村落景観・環境を記録する活動が行われ、条里制の研究は貴重な資料となりつつあります。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成24年11月号

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