【高島市歴史散歩】南市(みなみいち)と安原 仁兵衛(にへえ)

 
 

高島市役所安曇川支所のある安曇川町田中の南市区は、古くから高島郡南部の政治・経済・交通の拠点として注目されてきた地域でした。

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地域内の「立市(たついち)」などの小字名からは、この地に市が立てられたことがうかがえます。また「南市」の名前の由来については、北国海道沿 いの宿場町の一つ「河原市」(現在の新旭町安井川)の南に位置する市だから、という説もありますが、はっきりしたことは分かっていません。

記録上で名前が確認できるものとしては、東近江市に残る今から約500年前の『今堀(いまほり)日吉神社文書(もんじょ)』の中に、高島郡の南市 の商人が得珍保(とくちんのほ/東近江市に存在した荘園)の商人と荷物の運搬をめぐって争ったという史料があり、少なくとも室町時代ころには、南市の地に 商人がおり、県内の他地域でも活動していたことが分かります。

江戸時代の南市村は、周辺の下ノ城(しものしろ)・馬場(ばんば)・佐賀・上寺(うえでら)・薬師川各村とともに膳所(ぜぜ)藩領となり、郡内の 膳所藩領を管轄する代官所がおかれていたことが知られています。村の石高(こくだか)は江戸時代を通して680石余で、村人の多くが農業に従事していまし た。一方で、江戸時代後半になると、河原市宿の助郷(すけごう/宿場の人馬の不足を補う役)としての役割を担うようになり、このことによって村が困窮した という記録も残っています。

明治時代になると、 南市村は周辺10か村と合併して田中村となり、中五反田(なかごたんだ)に連合戸長役場(れんごうこちょうやくば)が設置されました。この役場は明治22 年の町村制の施行により誕生した安曇(あど)村の役場にもなり、その後、周辺には、学校、郵便局、駐在所、農会(後の農業協同組合)事務所、県農業試験場 などの公共的な施設が次々と建設されました。

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また、南市は政治家・事業家として郷土の発展に尽力した安原仁兵衛の出身地であることでも知られています。

安原仁兵衛は、南市の呉服商の長男として明治7年(1874年)に誕生しました。29 歳の時に単身で上京し、明治法律学校(現在の明治大学)に入学しました。卒業後は、帰郷して34歳のときに高島郡会議員に初当選し、その後は、安曇村村 長、県会議員、県会議員議長、衆議院議員を歴任し、その間、県の重要施策の一つとなっていた湖西鉄道の敷設に深く関わるようになりました。大正7年 (1918年)10月に結成された湖西鉄道期成同盟会では委員長に就任し、続く江若鉄道株式会社の発足に力を尽くしました。

念願の鉄道敷設免許がおりたのは大正8年、その2年後に大津の一部区間で営業が始まり、安曇駅までの路線が開通したのは昭和4年(1929年)のことでした。

その後、仁兵衛は政界の第一線を退き、江若鉄道専務取締役として会社経営にも携りました。現在、JR安曇川駅前には、仁兵衛の偉大な功績を顕彰して、銅像が建てられています。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成24年10月号

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