【高島市歴史散歩】今に残る江若鉄道の足跡

 
 

江若鉄道は、国鉄(現JR)湖西線の開通までの間、湖西地域を走る鉄道として住民に親しまれ、大正8年(1919)に株式会社として発足したとき の計画では、その名前が示すとおり、滋賀県大津市と福井県遠敷郡(おにゅうぐん)三宅村(みやけむら/現:若狭町三宅)を結ぶことになっていました。設立 にあたっての株式は8万株で、これを関係市郡に割り当てて株主が募られたため、沿線住民は、資産を売ったり生活を切り詰めたりして株式に応募し、設立時の 株主の数は5,820人にもおよびました。このことは、後に江若鉄道が「住民鉄道」と呼ばれ、多くの地域住民に愛され続けた理由の一つとなりました。

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大正10年3月15日に、最初の営業区間として、大津市の三井寺(みいでら)―叡山(えいざん)間が開通した後は、資金の状況や工事の進捗に併せ て、路線は少しずつ北へ伸びていきました。そして昭和2年(1927)12月25日に北小松―大溝(後に高島町と改称)間、昭和4年6月1日には大溝―安 曇(後に安曇川と改称)が開通、昭和6年1月1日に北端の駅となる近江今津駅までの路線が開通しました。当初この区間は昭和5年8月の開通が予定されてい ましたが、安曇川を渡る橋の建設に手間取ったため、開通が遅れたといわれています。

その後、江若鉄道は通学・通勤・買い物など地域住民に幅広く利用されたのはもちろん、物資の輸送列車として、また戦後のレジャーブームの頃には、湖西各地の水泳場やスキー場へ向かう人々を運ぶレジャー列車としても人気を集めました。

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その江若鉄道も、北陸本線の改良工事が完成し、今津―塩津間が国鉄予定線となった昭和30年代初めに国有化の話が持ち上がり、昭和40年代に入ると江若鉄道に代わる国鉄湖西線の建設計画が本格化していきました。

江若鉄道の線路敷は、約6割を鉄道建設公団が買収し、そこに国鉄の線路が建設されることになりました。湖西線建設工事は昭和42年に着工し、工事が本格化した昭和44年10月31日、江若鉄道はその役割を終えて廃線となりました。

現在、江若鉄道の大半の線路跡にはJRの高架線路が建設されていて、残りの部分もほとんどが道路になっていることから、列車が走っていたころの面影を残しているところは少なくなりました。

ただ市内には、江若鉄道区間で唯一現存する近江今津駅舎があるほか、線路跡周辺を注意深く歩いてみると、川を渡っていた線路の橋台跡が残っているなど、江若鉄道の足跡をわずかに見つけることができます。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成24年7月号


江若鉄道近江今津駅舎跡の位置


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