【高島市歴史散歩】武芸の訓練の場 犬ノ馬場

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新旭森林スポーツ公園の西方に広がる段丘上に、「御屋敷(おやしき)」と「犬ノ馬場(いぬのばんば)」の地名が残っています。この地名から武士の生活の一端をうかがい知ることができます。

「御屋敷」は、清水山城の城主であった佐々木越中氏(ささきえっちゅうし)の館跡(やかたあと)と考えられ、これに接して「犬ノ馬場」の地域が広がっています。

明治時代の村(むら)絵図には、「犬ノ馬場」の地名とともに、1町四方(いっちょうしほう/約100m四方)の土地が見られ、地元の方々の話によ ると、かつて、この周囲には土塁(どるい/土を盛った土手)や堀を見ることができました。現在、この区画の北西の隅に、近江源氏佐々木氏の氏神 少名彦命(すくなひこのみこと)を祀(まつ)る大将軍社が鎮座します。 鎌倉時代以降、武士は武芸の訓練として、馬に乗って矢を射る訓練をしました。幼少 時代から、馬の腹をはさむ訓練を受けるため、大腿骨(だいたいこつ)が湾曲(わんきょく)していたともいわれています。

この騎射(きしゃ)の訓練の一つに、馬場に犬を放って標的にする「犬追物(いぬおうもの)」がありました。この犬追物を行った馬場が「犬ノ馬場」 です。一般的に、馬場は領主の館の正面に作られました。ちなみに「犬ノ馬場」の地名は、高島市周辺では、越前朝倉(えちぜんあさくら)氏の一乗谷(いち じょうだに)遺跡や近江守護の六角氏の観音寺城の城下町の石寺に残っています。また、観音寺城(かんのんじじょう)の本丸建物の障壁画には、犬追物の絵が 使われていたとされ、現存する摸本(国会図書館蔵)から犬追物の様子を知ることができます。
馬場には、高さ1尺8寸(54cm)の太い縄で囲まれた土俵があり、犬が縄を飛び越え、スピートが落ちる一瞬をねらいました。しかし、ここで失敗すると、標的の犬も、追う馬も疾走することになります。

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手綱を放したまま馬と弓を操作することは、至難の技で、矢の数よりも落馬する数の方が多かったことが、当時の文書にも記されています。

犬追物には、少なくとも150匹の犬が必要とされ、大規模な犬追物では千匹を使うことがあり、開催にあたり、多くのお金が必要とされました。一方、馬場には見物のため、はしごを使ってあがる桟敷(さじき)が準備され、見物料(桟敷料)がとられました。

この桟敷料で経費が回収でき、興業収入も期待できたことから、武士は各地域に「犬ノ馬場」を設置し、頻繁に犬追物が開催されました。

犬追物の矢には、衝撃をやわらげる鏑矢(かぶらや)が使われましたが、傷つく犬も多かったとされています。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成24年4月号

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