【高島市歴史散歩】天神畑・上御殿遺跡とは

定説を覆す大発見! 上御殿遺跡 「短剣鋳型」出土!
広報たかしま 2013年10月号 特集ページ(pdf)
「広報たかしま」は高島市発行の市民向け広報誌です。

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遺跡とは、私たちの遠い祖先の人々が土地に刻んだ記録といえます。遺跡には、住居跡や古墳・墓、ありとあらゆるモノが含まれていて、そこから出土したモノ を遺物、検出された跡を遺構と呼び分けています。高島市内にも約400か所ほどの遺跡が確認されています。それらの中には、集落跡・生産跡・寺院跡・城 跡・古墳・墓など多彩であります。

天神畑・上御殿遺跡は、高島市の南部、鴨川が大きくその流れを東に曲げる北側、集落としては、今の北鴨から三尾里にかけての西に位置します。発見 のきっかけは、特に天神畑遺跡において、田地の掘削(くっさく)中に完形品の土器が出土したところからと聞いています。まさに、遺跡の発見は偶然の賜物 (たまもの)といえます。

今回の発掘調査は、青井川の改修工事に伴う事前埋蔵文化財調査ということで、平成20年度から滋賀県教育委員会・財団法人 滋賀県文化財保護協会によって実施されました。

この遺跡群の調査からわかったことを、古い順からならべてみますと、先ず最初に今から約1700年前、弥生時代から古墳時代にかけての墓や竪穴住 居跡の検出にはじまって、大壁造(だいかべつく)り建物と学術用語で呼ばれている壁立ちの一辺が約10mほどの建物跡が検出されました。この建物のルーツ は朝鮮半島にあり、渡来系の人たちが持ち込んだ建築様式が、高島の地にもいち早く伝えられたことを暗示しています。

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次に、奈良時代から平安時代に至っては、倉庫群や掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)群などが検出され、進んだ文化が流入し、人々が生活していたことが分かります。

また、鎌倉時代から室町時代にかけては、薄板に仏教のお経(金剛般若波羅蜜経(こんごうはんにゃはらみつきょう))を記した「こけら経(きょう)」の残片(ざんぺん)が出土したり、鎌倉時代の完全な鉄製轡(くつわ)(馬具)が出土し、私たちを驚かせました。

ここから初夢のごとくこの遺跡群のイメージを膨らませていきますと、まず始めに、今からおよそ1700年も前に、鴨川の左岸のほとりに人が住み始 め、しばらくすると朝鮮半島から新しい生活文化を持った人たちが移って来、次に南市東(みなみいちひがし)遺跡や下五反田(しもごたんだ)遺跡、八反田 (はったんだ)遺跡へと拡散して行ったようです。

奈良時代になると、都から北陸へ向かう官道(かんどう)の北陸道が近くを通り、人々の往来が頻繁になり、倉庫群を構えた村が形成されていきました。

鎌倉時代から室町時代には、仏教文化の一つ「こけら経」や馬事文化の貴重な轡も、この地に入ってきました。

しかし、それ以後、遺跡には人の痕跡は見られません。

遺跡の発掘調査は今後も継続されて行くことから、これからも新しい発見があることを、私たちは期待しましょう。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成24年1月号

遺跡周辺(緑矢印)

 

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