【高島市歴史散歩】古文書の語る海津の石垣

高島市マキノ町の海津湊(かいづみなと)から大崎寺(おおさきでら)への道に、旦過(たんか)公園があります。

ここには、お堂があって、古来京都・大阪・畿内から北国へ行き交う人々が一旦休みをとり、時には宿泊し、次の地へと旅立ち去ったと言います。

ここに立ち、往古への思いを馳せると、側には樹齢70年余りの桜が渾身の力を振り絞って花を咲かせます。

桜木は風雪に耐え、大きなくぼみやゴツゴツとした樹肌(じゅはだ)をあらわします。この並木の続く向こうに、海津湊の石垣が椀型になって西浜へと続き、桜と石垣は一対を成して往古の時代を語ってくれます。

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海津の石垣が築造されたのは、江戸期の元禄(げんろく)16年(1703年)です。

築造前の状況を『大崎寺文書(もんじょ)』(天和(てんな)2年/1682年)では、次のように語っています。

「・・最前より御訴訟申し上げ候とおり、浜がわに私どもの住み居り屋敷十三軒は、波除け 石垣崩れ少しの風波にも家へ水が入り、難儀に仕り儀(ぎ)にご座候(ざそうろう)ゆえ、ご慈悲に願いの通り、入用銀6貫19匁(もんめ)5分をお貸し下さ れ成され候ハバ、有難く存じます・・ ・・」(読下し文)とあります。

村人達は、度重なる大波によって石垣が崩れ、被害に苦しみ借財を重ねていました。このような中、元禄14年、西浜村に甲府藩領代官(こうふはんりょうだいかん)・西与一左衛門(にしよいちざえもん)が就任しました。

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村人達の苦しみに同情した彼は、就任早々に石垣築造の偉業を成し遂げ、しかも、費用を村民の負担による「自普請(じふしん)」でなく、お上が負担する「御普請(ごふしん)」であったといいます。

西与一左衛門は、思いやりと実行力のある人物で、西浜・蓮光寺(れんこうじ)入口の案内板には、次のように書かれています。

「元禄14年に・・・西与一左衛門が風波のたび宅地に被害の甚だしいのをあわれんで石垣を築いた。・・ ・・この石積みのおかげで水害がなくなった。村人たちがその業績をたたえ、院内に碑を建立し、毎年3月15日には、西与一左衛門の法会(ほうえ)が営まれている。」

出典:高島市役所発行「広報たかしま」平成22年7月号

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