【高島市歴史散歩】全国的に類例のない謎のダム遺構「岩神堰堤(いわがみえんてい)遺跡」

日本では年間降水量が多いわりには河川が短いため、古代から灌漑(かんがい)用溜池が発達してきました。

しかし、それらの多くは瀬戸内海周辺の平野部に分布しており、ここで紹介するような谷池については、その歴史や構造が十分に解明されているとはいえません。

walk56-01.jpg

当遺跡は、朽木岩瀬にある興聖寺(こうしょうじ)の北側を流れる小彦谷(こひこだに)川を、西北西へ800m遡(さかのぼ)った地点に土砂を盛って築かれた貯水用堰堤で、西北端には許容量以上の水を吐き出す洪水吐(こうずいばき)を設けています。

堰堤は全長48m・高さ7m・天端の幅3m・最大基底幅24mの規模を有し、断面は台形となっています。1874年ごろに作成された絵図には、青色で着色 された谷池が描かれており、当時は貯水機能を果たしていましたが、1896年の洪水によって決壊し、堰堤の南東側半分を消失しました。

江戸時代の天和(てんな)年間に著された総合的農書である『百姓伝記』には、堤を築く際には堤の下部の幅を広くし、法面(のりめん)はなるべく緩傾斜にし、馬乗(うまのり)も広く作ることが肝要であると書かれています。

岩神の堰堤もこれらのことに配慮して作られており、さらに水流による浸食を防止するために、かつては法面全体に石積みがされていたと思われます。日本にお ける石垣研究の第一人者である北垣聰一郎氏の調査によると、3期以上の工事が確認され、特に中段付近が最も古くて江戸時代以前のものであることが判明する とともに、他に類例のない貴重な文化財であるという見解が出されました。

堰堤の創建年代の特定は難しいようですが、江戸時代の新田開発もしくは興聖寺の移築にともなうものか、あるいは室町時代に当地一帯にあったとされる将軍仮御所に関連する施設なのか、多くの謎に包まれた遺跡です。

walk56-02.jpg

出典:高島市役所発行「広報たかしま」平成21年8月号

高島市の観光・イベント情報

ピックアップイベント

 

今月の見どころ


観光のお問い合わせは

 

高島市全般

 

(公社)びわ湖高島観光協会

 

TEL:0740-33-7101

 

 

マキノエリア

 

マキノツーリズムオフィス

 

TEL:0740-28-8002

 

チャレンジする高島人



滋賀県の虹予報


高島市のニュース・行政情報


Yahoo! ニュース

 

高島市役所・防災無線放送

サイト運営者情報

認定NPO法人
eネットびわ湖高島

 

〒520-1121

滋賀県高島市勝野 3003

tel: 050-3635-9231

fax: 050-3730-4827

(050 はIP電話・Faxです)

 

クリックで応援 お願いします


『NPO法人 eネットびわ湖高島』に、いいね!やシェアだけで支援金を届けられます。? NPO/NGOを誰でも簡単に無料で支援できる!gooddo(グッドゥ) ?

寄付支援のお願い

PAGE TOP