【高島市歴史散歩】 高島郡の成立

 
 

平成17年1月1日にマキノ町・今津町・朽木村・安曇川町・高島町・新旭町が合併して新しく誕生した高島市の地域は、古くから高島郡と呼ばれてきました。

高島郡の成立は、今から約1300年前にさかのぼります。大宝元年(701)に定められた大宝令では、全国的に国名が統一され、現在の滋賀県は、「近江」と称されることになりました。同時に、国内の行政区画が整備され、以後長く続く日本の行政区画である国・郡・里制度ができあがりました。里はその後、郷に変更され、高島郡内にはこのころ、神部・三尾・高島・角野・木津・桑原・善積・川上・大処・鞆結の郷が成立しました。

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郡には、行政を掌握する庁舎である郡衙(郡家)が設置され、郡の政治を司る郡司がおかれました。

高島郡の郡衙の場所は、現在確定されていませんが、発掘調査の結果などから、今津町の日置前遺跡、高島町の鴨遺跡などが郡衙跡の可能性をもつ遺跡であると考えられています。

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高島郡は、早くから湖西の交通の要衝として発展しました。湖岸にそって走る国道161号は、古代には北陸道、中世・近世には西近江路・北国海道などと呼ばれ、日本海と都を結ぶ大動脈として活用されました。また、朽木谷の山中を南北に走る国道367号は、北国と京の都を結ぶ最短路として知られます。さらに、今津町から西へ向かう国道303号は、若狭小浜と琵琶湖を結ぶ街道として、また国道161号のうちマキノ町海津から北へ向かう山越えの道は越前敦賀と琵琶湖を結ぶ街道として、それぞれ多くの人や物が行き交いました。

また、安曇川や石田川の水運などが利用できるため杣(材木をとる山)が発達し、郡西部にひろがる山々から多くの木が川をくだって琵琶湖沿岸まで運ばれ、湖上の水運を利用して京・大阪方面へ運ばれました。

こうした、道や川をとおしてさまざまなつながりをもってきた「高島郡」という地名は、古代・中世・近世をとおして、そして明治になり町村制が施行された後も、かわらず使い続けられてきました。

その「高島郡」も、昨年12月31日、1300年の歴史に終わりをつげ、新年の幕開けとともに、「高島市」が誕生することになりました。

出典:高島市役所発行「広報たかしま」平成17年1月

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