【高島市歴史散歩】「朽木谷を経由した若狭街道~針畑越(はりはたごえ)と朽木街道~」

●御食国(みけつくに)若狭と鯖街道

京都と若狭を結ぶ主要ルートである「若狭街道」は、その近さから「京は遠ても十八里(72㎞)」といわれ、古くから若狭地域の海産物をはじめ、日本海経由の文物を運ぶ街道として利用されてきました。若狭の魚が新鮮なうちに京都に届くようにと、行商人が夜通し歩き、翌日には京に届けられ、そのころには、ちょうど良い味になったと伝えられています。このことから、若狭街道は「鯖の道」と称されるとともに、最近では「鯖街道」とも呼ばれ、隣接する若狭小浜地域では、日本遺産「御食国若狭と鯖街道」としての活用に取り組まれています。

●最古のルート針畑越

古くから荷運び人たちが盛んに行き交った若狭街道ですが、そのルートはいくつか存在することが判っています。室町時代の資料には、2つのルートの記録が残っており、このうちの1つが朽木の西部を経由する「針畑越」です。

針畑越は、京都の鞍馬(くらま)口を起点に鞍馬寺に至る道(鞍馬街道)を、更に北上し若狭まで延長したルートです

ルートの途中で、針畑地域を通り根来坂峠(ねごりざかとうげ)を越えて若狭に至ることから「針畑越」と呼ばれています。この針畑越は、複数存在する若狭街道の中でも、最短にして最古のルートとして利用されてきました。昭和52年に刊行された『朽木の昔話と伝説』では、「一番古い鯖の道」として取り上げられ、高低差が大きく傾斜が急で険しいながらも最短距離のルートとして、約1200年前から利用されていたことが記載されています。

●朽木街道と木地山越(きじやまごえ)

もう1つのルートは、京都の河原町今出川付近を起点に、大原(おおはら)→葛川(かつらがわ)→朽木→保坂(ほうざか)→熊川(くまがわ)を通るルートです。後に「朽木街道」とも呼ばれ、最も利用度が高く、現在もこのルートは、国道367号線としてほぼ受け継がれています。

この2ルート以外にも、朽木の三ツ石で分岐し、麻生川を遡さかのぼり若狭に至る「木地山越」と呼ばれるルートが存在するなど、若狭街道は、単なる若狭と都をつなぐ街道としての役割だけではなく、朽木谷の人々による長年の営みや交流などによって、幾筋も育まれてきました。

何本もあった若狭街道も時代の移り変わりとともに、道のりが遠くても高低差が小さい「朽木街道」が重要視され今に至ります。その一方、針畑越は、古くからの景観や趣おもむきのある古道の情景を残すことから、最近では山登りやトレッキングで、再び多くの人々を魅了し、引き付けるルートとなっています。

出典:広報たかしま 平成29年6月号

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