【高島市歴史散歩】「海津浦(かいづうら)に着いた丸子船(まるこぶね)」 

●丸子船

丸子船は、江戸時代から昭和初期頃まで、琵琶湖での荷物運搬や漁業の主役として活躍した木造船のことです。杉の丸太を半分に割ったものを重木(おもぎ)として船の両側に取り付けていることから、「丸子船」、「丸船(まるぶね)」、「マルコ」等と呼ばれてきました。船の構造は琵琶湖の伝統的な木造船特有のもので、舳先(へさき)には斜めに板をつなぎ合わせた舳板(へいた)やそれを飾る伊達鎹(だてかすがい)が使われるのもこの船の特徴でした。

●江戸時代の湖上運搬

琵琶湖の水運を使った丸子船での荷物輸送が最も盛んであった江戸時代前期、琵琶湖上には1000艘(そう)を超える丸子船が就航していたと言われています。慶安(けいあん)2年(1649)に琵琶湖の各浦(かくうら/港)が所有する船数を書き上げた記録によると、大津の109艘が圧倒的に多く、次いで、高島市内の舟木(ふなき)が53艘、今津が52艘、海津が50艘と、湖西の各浦が多くの丸子船を所持していたことが分かります。 江戸時代、そうした多くの船が各浦で荷物を積み込む際のルールは、天正19年(1591)に豊臣秀吉が定めた「艫折廻船(ともおれかいせん)」の決まりが基本となっていました。これは秀吉が琵琶湖の諸浦に対して、港に船が入港したとき、艫(とも/船尾)が先に浜に着いた船から荷物を積むことができるという船積みの順番を定めたものです。荷物運搬の仕事をする人と船主にとっては、自分の船に少しでも早く、多くの荷物を積み込むことが重要となることから、荷物の取り合いや積み出しの順番争いなどを避けるため、この「艫折廻船」は江戸時代を通じて、琵琶湖の各浦々で使われるルールとなりました。

●丸子船とマキノの風景

こうした丸子船が昭和初期にマキノ町海津の浜に着く様子を写したものがこのページの写真です。

出典:広報たかしま 平成29年2月号

 

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