【高島市歴史散歩】江戸時代に全国ブランド パート2「高島硯(すずり)」

 
 

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安曇川と鴨川にはさまれた阿弥陀山から産出する粘板岩(ねんばんがん)は、近年の発掘調査等の成果により、平安時代の終わり頃から現代まで「高島硯」の原石として使われてきたことがわかってきました。

江戸時代の記録である『硯材史』には「高島石(たかしまいし)は、玄性(げんしょう)と虎斑(こはん)の2種類があって、きめが滑らかである」こ とが記されています。硯石をよく観察すると灰黄緑色のやや軟らかめの粘板岩で黒い柳葉状(りゅうようじょう)の斑がみられるものと灰青黒色(かいせいこく しょく)の硬い粘板岩で虎斑紋と呼ばれる黄色い斑がみられるものの2種類があり、前者を玄性石、後者を虎斑石と呼んでいたことがわかります。

また江戸時代の高島硯の裏面には、硯を机面に安定させるためにほどこされた覆手(ふしゅ)と呼ばれる浅い内刳(うちぐ)りがみられます。この中に は所有者名や年号などのほかに「高嶋石」「本高嶋上石」(ほんたかしまじょうせき)「極上本高嶋石」「高嶋青石(あおいし)」「本高嶋虎斑石」「高嶋虎班 石」など「高島」の銘をもつ様々な刻字がみられます。

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虎斑石はその中での特選品を指すわけですが、班の字は斑の誤りで、生産地で誤った字を刻むわけがありませんので持ち主が自分で刻んだと考えられま す。これらの硯は江戸や京都を中心に、北は北海道の松前藩陣屋跡、南は兵庫県池田藩姫路城下の武家屋敷跡などから出土しています。大溝藩の領主分部家の文 書には、近郷の商工業者に硯石の採掘をまかせて雑税を納めさせていたことや、「掘出す石は皆本藩のものなり」などと記されており、江戸時代には大溝藩の専 売品として、朽木藩の「朽木盆」と同様、全国ブランドとして流通し、「高嶋」と刻むことでより高級感を演出することが流行していたと考えられます。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成21年2月号

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