【高島市歴史散歩】古代から中世へ 今津町弘川の遺跡群 

 
 

●地方支配の転換期

平安時代中期(10世紀頃)になると、郡司(ぐんじ/郡の役人)による農業の強制労働に反発した農民のたたかいにより、律令国家の国・郡制による地方支配は大きな転換点をむかえます。

これらの農民を下人(げにん)として抱え、新しい農業経営を行う有力農民が登場し、国からの税を逃れ、在地支配を確立するため、貴族や寺社の権威を頼って盛んに所領(土地)を寄付する動きが強まっていきました。

川上庄(かわかみのしょう/現 今津町北小学校区)は、摂関家領(せっかんけりょう/藤原頼通家領)から11世紀中頃には平等院に献上されていきます。善積庄(よしずみのしょう/現 今津町東小学校区)は、12世紀に京都の円勝寺領(えんしょうじりょう)として領有化されました。

●次々発見! 大型建物

こういった古代から中世への移行期の大型建物が、今津町弘川の今津東小学校周辺の遺跡群から多数発見されています。

弘川末次(すえつぐ)遺跡は、昭和60年度の学校給食共同調理場建設に伴う調査をはじめ公共施設建設に伴い7次にわたる発掘調査を実施し、10世紀後半から12世紀後半にかけての9棟の大型掘立柱建物と、建物を取り囲む柵列(さくれつ)などが検出されました。

昭和60年度に実施した2次調査では、11世紀後半の桁行(けたゆき)14.2m、梁行(はりゆき)10.9mの約155㎡の面積を有する南北棟(なんぼくとう)の大型建物が検出されています。

平成14年度に実施した6次調査では、10世紀後半の桁行(けたゆき)16.8m、梁行(はりゆき)9.2mの約155㎡の面積を有する東西棟(とうざいとう)の切妻(きりづま)二面庇(びさし)の平入(ひらい)りの大型建物が検出されています。この建物と同様の構造をもつ若干小さな建物(約117㎡)が弘川佃(つくだ)遺跡から発見されています。

また平成3年度に弘川友定(ともさだ)遺跡では12世紀中頃の桁行17.1m、梁行13mの約222㎡の面積を有し、三面に庇をもつ東西棟の巨大な建物が検出されています。

●大型建物は何のため?

一般的に古代官衙(かんが)遺跡(役所)から発見される東西棟大型建物は、その遺跡の中心となる重要建物とされています。

このように大字弘川の南東部に集中する大型建物の性格については、古代から中世への移行期の郷(ごう)や庄(しょう)の管理にかかる中心的な施設として機能していたものと考えられます。

出典:広報たかしま 平成28年12月号

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