【高島市歴史散歩】中江藤樹先生と大溝

 
 

 江戸時代初期の陽明学者で近江聖人と親しまれる中江藤樹先生は、慶長13年(1608年)3月7日、近江国高島郡小川村(現在の高島市安曇川町上 小川)に生まれました。当時、小川村は大溝藩が所有している土地でした。大溝藩は教育や学問への関心が深く、藩校脩身(しゅうしん)堂も近隣の諸藩にさき がけて開校されています。藤樹先生の「孝」の思想を基本にした「知行合一」と「致良知」の教えは、人々に大きな感化を与えましたが、大溝藩二代藩主分部嘉 治も藤樹先生の「徳化(人徳をもって感化する)」を聞き、正保3年(1646年)に藤樹先生を招いています。享保6年(1721年)には、五代藩主分部光 忠が、藤樹書院の地子(税)を免除したうえ、祭祀料として補助も行いました。享保18年8月2日には、書院に参拝もしています。さらに十一代藩主光貞は、 藩の儒官川田甕江(おうこう)に命じて、『藤樹先生年譜』と『徳本堂記』を編集させ、河田興に依頼して「致良知」の三大文字のあとがきも作っています。こ のように、歴代大溝藩主は、藤樹書院の保護と維持に努め、藩士たちも藤樹先生を敬慕(けいぼ/尊敬して人柄を慕う)し、藤樹の教えを学ぶ者も多くいまし た。

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時は流れ、昭和11年、大溝町の町立実科女学校は県立に移管され、県立藤樹実科高等女学校となります。初代校長には藤樹研究家の松本義懿(よしい)が任 命され、中江藤樹の学風を基盤とする徳育重視の女学校として歩むことになります。それは、当時の校章や校歌からもうかがわれます。昭和16年、中江藤樹の 十一代目に当たる中江勝(すぐれ)が第二代校長になり、以後、敗戦後に新制高校に編成替えになるまで校長の職にあって、「致良知」の教えに立った教育を行 いました。

今日に至っても、藤樹先生の教えは、地元青柳小学校において、しっかりと受け継がれており、また、地元住民の方々の熱意により、広がりを見せています。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成20年7月号

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