【高島市歴史散歩】古代末から中世までの村と暮らしの一端/平成19年度堀川遺跡発掘調査成果から

 
 

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JR新旭駅周辺一帯の南北約700m×東西約500mの範囲に広がる堀川遺跡では、これまでの調査で弥生時代(1世紀)から鎌倉時代(14世紀)にかけての建物跡などが多数見つかっています。

高島市教育委員会では、平成19年度に市道新庄木津線道路改良事業に先立ち、遺跡の北西部の発掘調査を実施しました。

調査地の地名は「堂田」と呼ばれ、室町時代中頃(14世紀末?15世紀初頭)に作成されたと考えられている「木津荘引田帳(こづのしょういんでんちょう)」に記されている「浄土寺」と呼ばれるお寺が、この地にあったことが推測されていました。

調査の結果、調査区の南側で平安時代後半(12世紀前半)のお墓や平安時代末から鎌倉時代にかけての建物跡や井戸跡が見つかり、当時の集落の一端 が明らかになりました。残念ながら今回の調査で「浄土寺」の存在を裏づける14世紀末の遺構は見つかりませんでした。しかし、周辺には「中浄土寺」「下浄 土寺」「西浄土寺」「四天石(してんせき)」などのお寺に関係した地名が残っていることから、今後、これらの地域で「浄土寺」の跡がみつかる可能性が考え られます。

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調査では、かわらけ、信楽焼こね鉢、灰釉陶器(かいゆうとうき)、磁器、砥石(といし)、鉄釘等とともに石鍋が1点出土しています。石鍋は滑石(かっせ き)製の約8×10cmの破片で、表面にはススがついていて、両端は鋸(のこぎり)のような工具で切断されています。この石鍋の破片について、何人かの研 究者から「温石(おんじゃく)」でないかと指摘されています。「温石」とは石を直接火で熱したり、熱湯に入れたりして温め、布などに包んで暖をとる携帯の 暖房具(現代でいうとカイロ)のことです。また、腹痛や神経痛の際に患部をあたためる温熱治療用具として使用したともいわれています。ほかに禅宗では修行 中の飢えしのぎのために温めた石を懐に入れたことから、軽い食事を「懐石」と称するようになったといわれています。懐石料理とは本来、温石で腹部を暖める のと同じ程度に空腹をしのぐ簡素な料理のこととされています。

今回の堀川遺跡の発掘調査でわかったことは、ほんのわずかですが、今後の調査の積み重ねによって古代末から中世にかけての村の様子や人々の暮らしがより明らかになっていくことでしょう。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成20年6月号

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