【高島市歴史散歩】スキー場の成立

 
 

現在、市内には国境、マキノ、箱館山、朽木という4つのスキー場があります。日本でスキーが盛んになったのは大正時代のことで、市内でもそのころ からスキーを愛好する人々があらわれ、丘陵地や山の平坦部などをスキー場として活用するようになりました。大正13年12月26日付けの朝日新聞には「饗 庭野と上原は絶好のスキー場」という記事があり、これは今津町大供東谷の丘陵地(現在の陸上自衛隊今津駐屯地第1営舎付近)にあった饗庭野スキー場と、現 在もマキノスキー場として営業を続ける牧野スキー場をさしていると考えられます。

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この二つのスキー場を大いに活用し、市内一円へスキーを広めたのは、旧制今津中学校(現在の高島高等学校)でした。今津中学校では、スキー講習を行ったこ とのある京都の中学校の教諭を指導者として招き、冬期体操の一部としてスキーを授業に取り入れたほか、「饗庭野スキークラブ」を発足させ、教諭らが顧問と なって、この地域にあったより良い滑り方の研究などを行いました。また、大正14年2月8日には、牧野スキー場で、大阪朝日新聞社の後援によるスキー競技 会が開催され、多くの今津中学校生徒と地元の小学生らが参加しました。

スキー人気の高まりとともに、整備が進められたのは、スキー場までの交通機関で、昭和5年には、太湖汽船株式会社がスキー船の就航を開始しまし た。スキー船は、深夜午前0時に浜大津港を出発し、午前2時30分に今津港、午前3時に海津港に到着し、帰りは午後5時30分に海津を出発するというもの で、今津では夜中に到着するスキーヤーのために、浜通りの数件の旅館が対応しました。また海津港では、スキー船の中で夜明けを待つたくさんの乗客の姿がよ く見られたと言います。

昭和6年1月に江若鉄道の全線が開通すると、高島市へのスキー客はさらに増加しました。昭和7年に朽木荒川のホトラ山を利用して開設された朽木ス キー場へは、江若鉄道安曇駅からバスで下荒川に向かうというルートで、京都・大津方面から多くのスキーヤーがやってきたと言われています。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成20年2月号

 

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