【高島市歴史散歩】大溝城下町を歩く

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現在の勝野地域(JR近江高島駅付近)は、昔、大溝城下町として栄えており、大きく分けると二時期ありました。

ひとつは、天正6年(1578年)に織田信長の甥にあたる信澄が、信長の命により明智光秀の縄張りである高島に築城された大溝城の城下町の時期。

もうひとつは、元和5年(1619年)、伊勢上野城(現三重県津市)の城主分部光信(わけべみつのぶ)が近江国高島に入封して大溝陣屋(役人などの詰め所)を構えた時期です。

大溝城・大溝陣屋とともに城下町は北側に形成されました。城下町の規模は、南は勝野町から北は新町にいたる約1,280メートル、東西は東の北舟入町から西は石垣町にいたる約330?440メートルで南北に細長く20の町から成り立っています。

町屋の総家数は272軒あまりで、天保9年(1838年)には1,188人。その内、男が570人・女は618人であったそうです。

城下町の構造は、南から北へのびる四筋の通りから成っており、東から本町通・中町通・西町通・石垣通となっています。また、本町通には、南から蝋 燭(ろうそく)町・南市本町・新庄本町・今市本町が連なって、中町通には、南市中町・新庄中町・今市中町通、西町通には西町・伊勢町があり、西町の一筋西 には石垣町が加わります。本町通の続きは、西に屈曲して小田川を渡ると、また南北に新町通の今市新町・新庄新町・矢島町が続きます。

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つぎに東西の通りですが、本町と中町・西町の三筋の通りには、南端から職人町・紺屋町が東西にのび、本町通と中町通を結ぶ十四軒町、本町通から湖岸に北舟入町、江戸屋町・舟入町・長刀町・六軒町・欄干橋と続きます。

城下町の地名で、南市・新庄は、天正六年織田信澄が新庄城から大溝城に移った時に移されたと推測され、分部光信入封以後に、現在の形になったといえそうです。

今、大溝城下町を散策すると辻々に町名の道標が設置されていて、応時をしのばせてくれます。秋の一日、ぜひ大溝城下町を訪れてください。新しい発見に出会えるかもしれません。

出典:高島市発行「広報たかしま」平成19年11月号

大溝城跡

 

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