【高島市歴史散歩】中江藤樹の息子 常省(じょうしょう) 

毎年、7月23日に安曇川町上小川の藤樹書院では、「常省祭」が行なわれます。常省とは、中江藤樹の息子で、藤樹の死後はその学問を受け継いで中江家の跡取りとなった人物です。7月23日は常省の命日にあたることから、その遺徳をしのんで儒式での祭典が行なわれています。

●生後50日で父と死別

 常省は、慶安(けいあん)元年(1648年)7月4日(以下、日付は旧暦)に藤樹の三男として生まれました。名前は季重(きじゅう/すえしげ))、通称を弥三郎(やさぶろう)といいました。母の布理(ふり)は、大溝藩士・別所(べっしょ)氏の娘で、藤樹に嫁いだ時、中江家には先妻・久子(ひさこ)の子である7歳の長男・虎之助と3歳の次男・鍋之助がいましたが、その子どもたちの世話や家事をよくこなす女性であったと伝わっています。

藤樹は常省が生まれた年の8月25日に死去したため、常省は生後わずか50日で父親と死別することになりました。藤樹は臨終に際して、門人に幼い子どもたちのことを頼んでいたため、上の二人は小川村の村人に、1番幼い常省は、藤樹の高弟(こうてい)である熊沢蕃山(くまざわばんざん)の妹が嫁いでいた東万木(ひがしゆるぎ/青柳)村の岡田家に引き取られることになりました。

●岡山藩の学校奉行に

常省は万治(まんじ)元年(1658年)、11歳のとき、蕃山が仕える備前・岡山藩の池田光政(いけだみつまさ)に出仕することになりました。藤樹の学問を深く慕っていた池田光政には、先に二人の兄も召し抱えられていましたが、二人は体が弱く、若くして亡くなったため、寛文(かんぶん)5年(1665年)には、常省が中江家の家督を継ぐことになりました。その2年後には、蕃山の弟である泉仲愛(いずみちゅうあい)とともに岡山藩の学校奉行となっています。

延宝(えんぽう) 6年(1678年)、常省は岡山藩を辞して生地である近江国上小川村に帰郷し、その後京都に転居して、延宝8年(1680年)には、父・藤樹を尊敬していた対馬藩主に招かれて、対馬藩に仕えるようになりました。

●京都で藤樹学を開講、江西(えにし)常省先生と呼ばれる

 貞享(じょうきょう)4年(1687年)、40歳の時に対馬藩を辞し、京都で藤樹学を講じたところ、門人が増加し、この頃から人々は常省を「江西常省先生」と呼ぶようになりました。

その後、対馬藩の江戸藩邸に召し出されて江戸で過ごした後、京都四条に隠棲しました。

宝永6年(1709年)5月、持病の悪化のため上小川村に帰郷し、1か月後の6月23日、62歳で死去しました。

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常省の門人は、地元の上小川村周辺住人や大溝藩士などに多く、彼らは常省の死後も藤樹の教えを広めることに尽力したと言われています。常省の墓は、上小川の玉林寺門前に父や祖母と並んで建てられています。



出典:広報たかしま 平成28年7月号

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