【高島市歴史散歩】江戸時代の焼物 今津町日置前焼(ひおきまえやき) 

 
 

●日置前焼の開窯(かいよう)

 18世紀後半、江戸時代後期になると、滋賀県内各地を含め、全国的規模で新規の焼物が開窯されはじめます。その理由は、水簸(すいひ)という窯業(ようぎょう)技術の革新によって、質の悪い粘土でも良質の陶土(とうど)を得ることが可能になったこと、菜種(なたね)や綿実(わたのみ)などの灯油の量産によって灯明皿(とうみょうざら)などの灯火具(とうかぐ)が汎用化したことや、お茶・煙草・酒などが庶民でも楽しむことのできる値段になり、土瓶(どびん)・急須(きゅうす)・湯呑み・火入れ・徳利(とっくり)などが日常の必需品となるなど、焼物の需要が増大したことなどがあげられます。ただ、旧来の焼物の産地だけでは、急増する需要に応えることができなかったために、各地に開窯されたと考えられています。

●「茶碗山窯(ちゃわんやまがま)」の発掘

 昭和63年に今津町日置前で実施された「茶碗山窯」の発掘調査では、全長9メートル、焼成室(しょうせいしつ)が6室、6室のうち最上段の焼成室が、幅3.5メートル、奥行き1.2メートルの連房式登窯(のぼりがま)が発見されました。江戸時代の信楽窯跡に比べて窯の規模は小さいものです。

chawanyamanoborigama

出土した製品類には、筒碗・丸碗・端反碗(はしぞりわん)・皿・鉢・香炉・灯明皿・灯明台など八器種があります。大半は焼成不良で釉薬(ゆうやく) や顔料がよく溶けていない失敗作ですが、抹茶茶碗などの茶陶製品が多く、白化粧(しろげしょう)を施したもの、鉄絵が描かれたものなど優美な作品が大半で、雑器がほとんどないのが特徴です。出土遺物の年代については、信楽の類似する碗類の形式や意匠(いしょう)などから18世紀後半から19世紀初頭のものと考えられています。

chawanyama

●日置前焼のその後

 日置前に窯を築いた人物や、製品の流通先などについては、記録等が残されていないので明らかにできません。しかし、江戸時代、若狭の往来や琵琶湖の水運の経由地として繁栄した今津で陶器窯の運営を思い立った商人が、取り組んではみたものの、築窯(ちくよう)や製品の準備に思いのほか金がかかり、焼成も失敗し、廃業してしまった可能性も考えられます。

出典:広報たかしま 平成28年6月号

雪情報

滋賀国道事務所管内道路 ライブ画像

 

R161雪情報(詳細状況)

 

雪と暮らし(冬道ドライブの心得)

高島市の観光・イベント情報

ピックアップイベント

 

今月の見どころ


観光のお問い合わせは

 

高島市全般

 

(公社)びわ湖高島観光協会

 

TEL:0740-33-7101

 

 

マキノエリア

 

マキノツーリズムオフィス

 

TEL:0740-28-8002

 

雪情報

滋賀国道事務所管内道路 ライブ画像

 

R161雪情報(詳細状況)

 

雪と暮らし(冬道ドライブの心得)

チャレンジする高島人



滋賀県の虹予報


高島市のニュース・行政情報


Yahoo! ニュース

 

高島市役所・防災無線放送

サイト運営者情報

認定NPO法人
eネットびわ湖高島

 

〒520-1121

滋賀県高島市勝野 3003

tel: 050-3635-9231

fax: 050-3730-4827

(050 はIP電話・Faxです)

 

寄付支援のお願い

PAGE TOP